歯医者とボクと、ときどきお姉さん
午後4時に歯医者へ行く予定だ。来週は歯茎に注射をして麻酔かけて何かをするみたいなことを、先週行ったときに言われている。だから今週はずっと、その歯茎の神経にグサリと刺さる注射針の幻影に怯えていた。
大げさに書いてみたら、余計に怖くなってきた。家にいるのに、院内のあの消毒っぽい匂いがしてきた。どうしよう。刺しどころを間違えられて死んだらどうしよう。いや、死なないにしても、想像以上の激痛に襲われたらどうしよう――ダメだ、こんなこと想像していても苦しいだけだ。もっと楽しいことを考えようと思う。例えば、先生がものすごく綺麗なお姉さんだとして……
「伊藤クン、今からちょっとイタいことするけど、ガマンしてくれるかなぁ?」
「は、はい」
ぼくは覚悟を決めて口を大きく開ける。照明器具がぼくの顔を照らし、視界が白に染まる。
しかし、その女医の細い指が向かった先は、ぼくの口の中ではなかった。
「ふふ、伊藤クン、そのままじっとしててね……」
「せ、せんせい……」
妄想終了。
当たり前だが、実際にぼくが行く予定の歯科医院の先生は、綺麗なお姉さんではない。おっさんだ。現実から逃げるわけにはいかない。
約束の時間が、刻々と迫ってくる。